この記事のポイント:
1.コンプライアンスとコーポレートガバナンスの基本的概念について知ることができる
2.コンプライアンスの更に一歩先を行く「高い倫理観」を落とし込むためのポイントが分かる
3.日本と北米におけるコンプライアンス、ガバナンス体制の違いを知ることができる
【想定読了時間:15分】
この記事は次のような方にお勧めです:
1. 組織の生産性を上げる人財活用の在り方を模索されている企業様
2. 新しい人財起用の在り方を検討している企業様
3. フリーランスとしての働き方を検討されている方
働き方改革や外国人労働者の受け入れが進む中、労働環境の見直しやコンプライアンスに対する感度は日々高まっています。しかし、国外から見た日本企業の労働環境や事業推進におけるイメージは決して良いとは言えないのが現状です。人財不足に苦しむ日本企業にとって、良い人財を流出させない施策として、また外からの人財受け入れという観点からも労働環境の改善は避けては通れないテーマといえます。本記事では、企業対社員、そして企業対顧客、企業対フリーランスといった対外的視点も取り入れながら「働きやすい環境とは何か?」を考えるべく、コーポレートガバナンスやコンプライアンスに注目しました。
コンプライアンスと組織
コーポレートガバナンスと労働環境
既知かもしれませんが、コンプライアンスとは一般的に「法令遵守」と捉えられており、コーポレートガバナンスとはその法令遵守を管理する仕組みに該当します(参考)。本記事で焦点を当てている「働きやすい環境」という文脈においては、人財活用や労働環境といった領域が対象となるため、36協定等各種存在する労基法等の遵守、コーポレートガバナンスという点においては、その遵守体制の整備と運用が求められることになります。
コンプライアンス違反・ガバナンス体制の不備の一例としては、電通のケースが皆さんの耳にも新しいのではないでしょうか。過労による新入社員の自殺で、電通の長時間労働問題が明るみとなりましたが、労働基準監督署から是正勧告を受けた後も同様に長時間労働が発生していたことが最近また露呈した形となりました(参考)。
電通が是正出来ていないかったことを、ガバナンスの甘さとして攻めることは簡単です。しかし、人財不足が深刻な日本企業側にとって、電通のケースは決して他人事ではないのではないでしょうか?
業務改善や人財活用の在り方を変革しないまま、人財不足のなかで既存業務を遂行すれば当然長時間労働となり、その負荷を企業の中の誰かが被ることになります。こういった負荷が長期的にかかれば、人は自虐的あるいは他撃的になるなど事態は深刻化し得ます。自虐的になれば電通のケースのように自殺という最悪のケースも発生し得るでしょうし、他撃的になればハラスメント問題等に繋がるリスクがあります。そのため、こういった業務負荷の積み重ねは社内の労働環境をさらに悪化させ負のスパイラルを生んで行きます。
労働環境の悪化は、人財流出や生産性低下に繋がります。もし、流出した社員やフリーランス等の業務委託の人財が、「最悪な企業だった。この企業で仕事するのは止めた方が良い」と、個人のSNSや口コミサイト等で発信し、それが一定の認知を得れば企業にとっては大きな機会損失となります。
一方で、労働環境の改善と業務改善を合わせて行い、高い倫理観のもと事業を推進していることを社内外から認知されれば、それは企業イメージ向上に繋がるだけでなく人財の流出防止・獲得、生産性や企業イメージ向上といった効果を生み出すメリットとなるでしょう。
ガバナンス体制と「高い倫理観」とは?
では、高い倫理観とはいったい何を指すのでしょうか?
そもそもコンプライアンスとは必要最低限の法令遵守レベルであり、これは「守って当然」のものです。ここから更に一歩踏み込んでこそ、「高い倫理観」と言えます。そのため、本記事ではこの「高い倫理観」が遂行されている状態を、少なくとも次の通り定義しました。
「法令遵守だけでなく、経営理念や社訓といった企業思想も労働環境整備の実務レベルに落ちており、社内に浸透している状態」
そして、ここまで到達するには次の3つが整備されていることが必要となります:
① 準じるマニュアル、ガイドラインが整備されている(コンプライアンス)
② それらが施行されていることをモニタリングする体制が構築され、機能している(ガバナンス)
③ 上記2つが社員に浸透し「当たり前」となっているため、社員個々の存在がガバナンス体制とも言える状態になっている(高い倫理観)
まず1つ目の準じるマニュアルやガイドラインが整備されている状態ですが、法令遵守を超え、企業のビジョンやミッション、経営理念や社訓などといった上位概念が、労働環境の実務レベルまで落とし込まれている必要があります。日々変わるビジネスの状況、多岐に渡る取引先・顧客や社員間のコミュニケーション等の場面において、具体的にどういった行動や対応を取ることが「正解」なのかは非常に曖昧です。しかし、様々な状況が存在するなか、個人が常に「正しい判断」ができるとは言い切れません。そのため、理念を基にどういった行動が社員に求められているのかを具現化し、グレーゾーンとなり得る状況を洗い出しながら、そういった事案が発生した場合どういった対応を取るべきかを定義し、運用に落とし込むことが重要です。
次いで、その運用がきちんと成されていることをモニタリングできる体制構築、そしてそれが実際に機能していることが肝要となります。いくらガイドラインやマニュアルがあっても、それを守っているかどうかをモニタリングする人や仕組みが無ければ絵に描いた餅です。重要なのは、体制を構築することではなく、「どうすれば機能するか?」を基に仕組みを構築することと言えるでしょう。
上記2つが浸透していることが「当たり前」となって初めて、社員個々の意識も変革すると言えます。社員の企業を見る目が変わることは、社員自身の意識改革にも繋がります。社員個々が「これってどうなの?」と感じることを、フラットに発言でき、問題提起できるような環境が構築されれば、その存在自体がガバナンス体制になます。これにより、日々発生する「マニュアルには規定されていない」グレーゾーン事案についてその都度向き合うことができるため、1つ目で記載しているガイドラインやマニュアルを更にアップデートし、強化していくことが可能です。
また、こういった労働環境の変革が対外的にも社内的にも認知され浸透することは、その企業の「働く場所」としての価値を大きく向上すると言えます(参考)。
日本におけるハラスメントの定義とグレーゾーン
上述の「高い倫理観」に近づく第一歩として、まずは1~2のポイントを浸透させることが第1歩ではないでしょうか。そのためにも、まずは想定されるグレーゾーン事案を洗い出し、それぞれにおいてどう対応するべきかを整備したうえで周知し、その運用をガバナンスする体制を敷いていくことが必要です(参考)
ここからは、このグレーゾーン事案として定義の難しいハラスメントをテーマに、海外の事例も取り入れながらご紹介いたします。
労働環境におけるグレーゾーン事案の例として、日本ではハラスメントがその代表格と言えます。日本では、ハラスメント罪というものは存在しないため、各種ハラスメントの「性質」により適用される法律が変わります(例:マタハラは育児介護休業法、セクハラは男女雇用機会均等法等)。そのためか、パワハラやセクハラ等、様々な「~ハラスメント」という言葉が日本では横行しており、なんでもハラスメントになるような印象さえ与えてしまっているかもしれません(参考)。
ハラスメントは、大きくは「人を差別する行為」に当たります(参考)。ハラスメントの定義が法的に明確でない日本において、企業としては次のことを明確にしておく必要があります:
- どこからがハラスメントに該当するのか:語気を荒げるのはハラスメントなのか?注意勧告を何回以上受けたらハラスメントと自社では認識するのか等
- ハラスメントに該当しないグレーゾーンに対する対応をどうするのか:上記で定義した内容を満たさないものの、「不快な思い」「不適切な対応を受けた」と感じる人がいる場合、彼らに対してどういった支援を行うのか、誰に相談できるのか等
また、上記2点が社内の人間ではなく、業務委託といったフリーランスの人財を巻き込んでいる場合(この場合、個人での契約や仲介会社を通した契約等スタイルはいくつか存在)や顧客を巻き込んでいる場合等、それぞれのケースにおいてどのようなガイドラインを設け、どう対処していくことが最善かを明確にし、浸透させる必要があります。
ただ決定するのではなく、ガイドラインとその運用が働く人たちにとって納得のいくものであること、そして浸透していることが非常に重要なポイントとなります。次の章では、北米におけるハラスメントの定義とグレーゾーンに対するガバナンス体制やその運用を事例と共に取り上げます。
海外における労働環境とコンプライアンス経営
ハラスメントの定義
アメリカでは、ハラスメントは「1964年公民権法に反する行為
(参考) 」と定義されており、ハラスメントを次のとおり記載しています:
The Equal Employment Opportunity Commission (EEOC) defines harassment as unwelcome verbal or physical behavior that is based on race, color, religion, sex (including pregnancy), gender/gender identity, nationality, age (40 or older), physical or mental disability, or genetic information.
訳:雇用機会均等委員会(EEOC)はハラスメントを次のとおり定義する:人種、肌の色、宗教、妊娠を含む性、性別(自身が認識している性別に基づくもの)、年齢(40歳以上)、身体的・精神的疾患や遺伝的特性に基づいた望ましくない言動や行動(参考)。
また、カナダの人権委員会では、ハラスメントを次のとおり定義しています:
Harassment is a form of discrimination. It includes any unwanted physical or verbal behaviour that offends or humiliates you. Generally, harassment is a behaviour that persists over time. Serious one-time incidents can also sometimes be considered harassment.
訳:ハラスメントは差別の1つである。自身の尊厳を傷つけるいかなる行動、言動をも含む。一般的に、ハラスメントは長期間にわたる行動を指すが、深刻なケースの場合は1度の行為でもハラスメントに該当し得る。
アメリカもカナダも、ハラスメントが取り扱われる法律が明確であり、かつ「3度以上にわたって恒常的に行為が行われている」等明確に定義していることが特徴的です。この定義については、人権保護意識の高い団体等から改善の余地ありとの声は上がっていますが、ハラスメントとそうでないグレーゾーンを定義する企業側にとっては日本よりも明確に線引きができる環境と言えるでしょう。
個人主義が定着している文化圏においては、ハラスメントであると認定された場合、ハラスメントを受けた側がハラスメントを行った個人を相手取り法的措置に出るのが通常です。これは、社員間や社員対取引先、対顧客であっても同じです。ハラスメント罪が存在している以上、それは被害者と加害者の個々で解決する問題であり、企業の手からは離れるわけです。当然、企業の人事部等はハラスメント行為があったことを検知した場合や報告を受けた際、自社が定めるガイドライン(法令に遵守したガイドライン)に従い、事実確認を行い、適切な対応を取ります。しかし、一旦ハラスメントであることが認定されれば、その後は当事者間の問題となるため、法的処置を取るかどうかはその個人に委ねられます。
安心・安全な生産性の高い労働環境を作る
アメリカでもカナダでも「安心・安全な労働環境を作る」ということが企業に対して法的に求められており、社員が顧客や取引先からハラスメントを受けている場合においても、社員を守る義務があります(参考)。また、その際の「守る行為」においてもどのような対応が求められるかが法的に定められており、うかつな企業判断は逆にその企業が加害者となってしまうことにも繋がります。被害を受けた社員が申し出てもいないのに異動させる等は、その行為に該当します。
先進的な企業等は、明確に「弊社は、第3者から社員を守ります」「社員が安心して働ける環境を担保するため、顧客や取引先に対しても確固たる態度で対応します」と言い切り、それを発信している企業も存在します。こういった企業は、取引先との契約時点において、どのように社員が守られるべきか等を盛り込んだ契約書を取り交わすこともあります。
また、上記ほどではない企業でも、「生産性の高い組織=働きやすい環境」という概念が定着しており、かつ法的にその遵守が強く求められているため、「攻撃的」「不快な行為」を厳しく取り締まるガイドラインとマニュアルが存在し浸透しています。具体的には、そういった行為を受けた人、あるいは目撃した人が「誰に」相談するべきかが誰にとっても明確であり、その後の対応についても個人が居心地悪くなることなく処理され是正されるため、その運用が更に透明性を増していくという状態が担保され、浸透しているのがアメリカやカナダの特徴と言えます。
元々これら両国は、比較的フラットにコミュニケーションを取る文化(主張する文化とも言える)ということもあり、こういったガイドラインやマニュアルの浸透は日本よりも容易なのかもしれません。その在り方をそのまま日本企業に導入しても機能することは難しいとも言えるでしょう。そのため、日本においては各企業が自社のカルチャーを理解したうえで、どのような仕組みであれば社員が気兼ねなく相談できるのか、負担に感じることなくこういったグレーゾーンの行為を相談することが出来るのか等をよく見極めたうえで仕組みづくりを行う必要があります。
事例:海外企業のガイドラインと仕組みの浸透性
以前お伝えしたアメリカ企業の人事で働くY氏(Y氏の記事はコチラ)の会社で起こったグレーゾーン事案の例を2つご紹介します。
まず、Y氏自身に起こった「セクハラ」のケースです。Y氏には仲の良い同僚男性がいました。Y氏の企業恒例のクリスマスイベントの一環として行われるプレゼント交換で、この男性はあろうことか大人の玩具をY氏にプレゼントしたそうです。Y氏は特に気にも留めなかったそうですが、それを知った別の同僚が人事に報告し調査が入るという事態になりました。Y氏自身は「彼は冗談でやったことなので特に他意は無いと思うし、私も別に精神的苦痛は味わっていない」と、人事からのヒアリングに返答したそうです。しかし、人事は「これはあってはならないことであり、冗談として受け流すことを“常識”と思ってはいけない。意識を変える必要がある」と、Y氏に促しました。結果、この同僚男性は始末書と厳重注意を受けたそうですが、それ以降の関係性やY氏の社内での業務遂行等に悪影響はなかったそうです。
2つ目のケースは、Y氏が人事として報告を受けたケースです。ある日、Y氏は男性管理職の社員A氏から「聞いてくれ。もしかすると僕はガイドラインに反する行為をしてしまったかもしれない」と、カジュアルに話しかけられたそうです。Y氏も冗談気味に「いったい何したのよ?」と、問い返すと、A氏は自分のチームと別の管理職B氏の間で起こった言い争いについて語りだしました。A氏には信頼している女性部下C氏がいるが、あるプロジェクトでC氏がB氏と仕事をする機会が増え、B氏のC氏に対する対応や言動がA氏としては「不当」であり、かつ「不適切」だと感じたそうです。具体的には、大したことでもないのにやたらとB氏がC氏のパフォーマンスについて否定的なことを本人に言っていたり、語気を荒げたりすることがあったそうです。C氏自体は上司のA氏に相談してはいなかったものの、A氏は我慢できずB氏に対して、「君の対応は不当だ。C氏に謝罪するべきだ」と持ち掛け、言い争いの末、A氏は語気が強くなった(怒鳴った)そうです。
この報告を受け、当事者にヒアリングした結果、C氏自体は「私は気にもしてなかったわ。B氏は元々短気で、別に“私だけ”に対してそうだとは思ってないので」と、あっけらかんとしていたそうです。結果、人事としては、C氏に日々の業務態度において注意勧告を出したそうです。
上記2つの事例から学びたい点としては2つあります:
① 人事への報告がとても簡単に、そしてカジュアルに行われる環境であること
② 報告後の対応と処罰等が施行された後も、「被害者」が気にすることなく通常業務に戻れるカルチャーであること
これらのポイントは、上述の「高い倫理観」が実現するために必要となる3番目のポイント「社員個々がガバナンス機能となる」が施行されている状態と言えます。このポイントは、日本特有の文化ではなかなか浸透させることが難しいところでもあるでしょう。企業文化だけでなく個人の意識改革も必要となる分、その醸成は非常に複雑と言えます。
しかし、声を上げないからといって、常に社員やフリーランス、取引先等自社と関わっている人たちがいつも気持ちよく仕事をしているわけではありません。こういった人たちを「サイレントカスタマー」化させ、放置することは企業イメージの低下や大きな機会損失へと繋がり得ます。
自社のカルチャーや理念を見つめなおし、自社にあったガイドラインとガバナンス体制を構築し、その浸透を図っていくことは非常に重要です。
「強い個」を集められる組織は強い
組織と「個」を守るとは?
働き方の変化や少子高齢化により、企業の人財不足は今後も深刻化してくでしょう。人をただ増やすことに躍起になるのではなく、全社視点で業務改善を行いリソースの最適化を行うことが今後更に肝要となります。また加えて、企業として社内、社外に対して「魅力的な企業」であることを実のある形で証明し発信していくことは、これからの人財獲得においても重要なポイントとなります。
社員やフリーランスが、仕事以外のことでストレスを感じることのない居心地の良い環境を整備し生産性を上げていける企業文化を構築することは、企業にとっても、人財にとっても意義のあることです。
自社内で働く人や、自社と取引のある企業や顧客をその「機能」として見るのではなく、一つ上の視点から俯瞰し、CSRの枠組みで見つめなおしてみることは企業ブランディングにも繋がる価値のある一歩になるでしょう。
フリーランスとして気を付けるべきポイント
ここまで企業視点でコンプライアンスとガバナンスについて記載しましたが、組織から離れ個人として働くフリーランスの立場はまだまだ強いとは言えないのが現状です。企業から直接発注が来るケースや仲介会社等を通じてお仕事を貰うケースのあるフリーランスの方は、「もし自分が被害を受ける側になったらどう対応するべきなのか」「何をしたら加害者となり得るのか」を、きちんと把握しておく必要があります。
契約書にサインする前に、企業の持つガイドラインやレポートライン等を明確にし、グレーゾーン事案に対してどのような対応が必要となるか等を理解した上で案件に入ることが望ましいと言えます。
企業にとってもフリーランスとして働く個人にとっても、その環境が最適になることがベストであり、そう変化させていく一助になればと思います。
Project BASE
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